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東京地方裁判所八王子支部 昭和62年(むハ)9号 決定

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

申立の趣旨

「右の者に対する頭書被疑事件について昭和六二年一〇月二日、東京地方裁判所八王子支部裁判官がした勾留請求却下の裁判を取り消す。」との裁判を求める。

申立理由の要旨

別紙(一)記載のとおり

当裁判所の判断

別紙(二)記載のとおり

刑訴法四三二条四二六条一項適用

(裁判長裁判官長﨑裕次 裁判官髙橋勝男 裁判官田島清茂)

別紙(一)

準抗告及び裁判の執行停止申立書

第一 申し立ての趣旨

一 被疑者は、罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があるのみならず、刑事訴訟法第六〇条第一項第二、三号に該当することが顕著であるのに、これらの理由なしとして勾留請求を却下したことは、判断を誤ったものであるから、右裁判を取り消したうえ、勾留状の発布を求める。

二 本件勾留請求と同時に請求した接見禁止等請求書記載のとおり、被疑者は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当の理由があるので、勾留状の発布と同時に接見禁止等の裁判を求める。

三 右勾留請求却下の裁判により直ちに被疑者を釈放するときは、本件準抗告が容認されてもその目的を達し得ないので、本件準抗告の裁判があるまで勾留請求却下の裁判の執行の停止を求める。

第二 理由

別紙のとおり

別紙

理由

一 原裁判は、検察官の勾留請求に対し、要約すると、「現行犯人逮捕は被疑者が司法警察員から身体捜検をされた結果に基づいてなされたものであるから、その適法性には疑問がある。」として、その勾留請求を却下した。

二 そこで、一件記録をみると、本件は、被疑者に対する覚せい剤取締法違反被疑事件について裁判官の発した捜索差押許可状(捜索場所として「○○荘二〇二号室被疑者居室」、差し押さえるべき物として「プラスチックの容器、覚せい剤取り引きメモ、電話番号控、住所録、名刺」)に基づき、昭和六二年九月二九日午前一一時一二分から右被疑者宅を捜索したことが明らかである。(捜索差押調書二四丁以下)。

ところで、右覚せい剤取締法違反被疑事件についての捜索差押えにあたっては、令状に明記された被疑者宅を捜索することができるところ、犯罪を行った者は、証拠物をできるだけ隠匿してその発見を防ぐためにあらゆる行為にでることが容易に予想されるから、たまたま同所に来訪した者が除かれることはもちろんであるが、同捜索場所に居住していると思われる者の身体についても捜索ができるものといわなければならない。(捜査法体系Ⅲ六二頁ないし六三頁は、その根拠として刑訴法一一五条をあげている。)。したがって、本件において、その捜索にあたり、いまだ差押えるべき物を発見できなかった状況であっただけに捜索場所の居住者である被疑者の身体の捜索を行ったのは当然であるといわなければならない。

そこで臨場した警察官は、被疑者の身体を捜索したのであるが、裁判官勾留質問調書によれば、「女性の警察官が一人来て、衣類を脱ぐように言われましたので、言うとおりにしないでいたところ、その警察官がエプロンの紐をほどいたので、エプロンは自分で取りました。」「そのとき着ていたのは、トレーナーとズボンでしたが、トレーナーは警察官に脱がされました。ズボンと下着は自分で脱ぎました。そこでブラジャーの中に入れた覚せい剤と注射器を発見されたのです。」「衣類を脱ぐときに自発的に脱がなければ脱がせるというような意味の事を言われたと思います。」というのであって、仮に被疑者の供述を前提に考えたとしても

① 警察官がとった行為は、「自発的に脱がなければ脱がせるというような意味のことを言ったこと」、「被疑者着用のエプロンの紐をほどいたこと」及び「トレーナーを脱がしたこと」

② 被疑者自らが行った行為は、「エプロンを取ったこと」、「ズボンと下着を脱いだこと」

であったと認められる。

ところで、捜索差押に当たっては、刑訴法一一一条一項、二二二条一項によれば、「必要な処分」ができるが、人の身体に対しては、必要最小限度にとどめ、その者の名誉を害しないように十分配慮しなければならないことはもちろんであるから、人を全裸にすることはできないことは言うまでもない。

そこで、その執行の程度は、この種事件の性質、居合わせた者の性別、態度、服装等の情況を総合的に判断して必要性の範囲を判断しなければならないが、令状記載の犯罪事実は覚せい剤の所持事犯という悪質事案であって、しかも、被疑者は三〇歳の女性とはいえ、覚せい剤事犯の前科四犯、強盗傷人の前歴のある典型的な犯罪常習者であって、身柄拘束の経験を有するものであるところ、その執行に当たった警察官は婦人警察官一名であって(その執行の際には、男性警察官は別室に居た。)被疑者の女性としての名誉を十分に配慮したうえで、前記①のみを行ったにすぎないのであるから、これが捜索に当たっての「必要な処分」の範囲内に含まれることは明らかであると言わなければならない。(前記捜査法体系Ⅲ六三頁も、「口腔内にある物の捜索、肛門や膣内の捜索、身体を全裸にしてする捜索は身体検査令状を必要とするものと解すべきである。」との表現で、これに至らない程度のものについて肯定している。)

もっとも、捜索差押調書をみると、「被疑者立会の下捜索を実施するも、本件の目的物を発見に至らなかったが、被疑者の身体を捜検したところ、覚せい剤を発見した」とあって、身体の捜検前に捜索差押が終了したかにみえる文字がみられるが、右捜索差押の経緯の実体を全体的にみると、むしろ右身体の捜検はその捜索の一環として行われたものと評価できるものである。(担当警察官が法律的教養に欠けていたため、本件のような捜索差押調書が作成されたとみるのが相当である。なお、警察官が緊急逮捕すべき被疑者を誤って現行犯逮捕した事案についても、その現行犯逮捕の適法性の有無を判断するに当たって、「法の執行方法の選択を誤ったに過ぎない」とした札幌高裁判例昭五七.五.一七《判例時報一〇七九号一四二頁以下》が参考になろう。)

三 原裁判は、現行犯逮捕の手続きの適法性に疑問があるとの理由を示している。

本件が別件覚せい剤取締法違反の捜索差押許可状の執行の過程のもとで、本件覚せい剤・大麻が発見されたという特殊な事情について何等の判断を示していないのは理由が不備であるとのそしりを免れない(本件は、たまたま通行中もしくは在室中の婦女子に対して行った所持品検査、職務質問とは全く異質のものであることを看過しては本件の特殊な性格を見誤る恐れがある。)。

仮に、捜索に当たって前記①の行為もできないとみれば、刑訴法一〇二条一項、二二〇条一項の「必要な処分」の解釈を誤ったものと言わざるを得ない。

四 以上の点から、本件の現行犯逮捕は適法であって、これを適法性に疑問があるとして勾留請求を却下した原裁判は法律の判断を誤った不当なものであると言わざるを得ない(勾留の必要及び理由があることについては、一件記録から明白であると思料する)。したがって、原裁判の取消しを求めるとともに、右裁判の執行停止を求めるものである。

別紙(二)

一件記録によれば、本件は、被疑者の居室を捜索場所とする覚せい剤取締法違反被疑事件の捜索差押許可状の執行がなされた際、右居室に居た被疑者の身体(着衣の下)から覚せい剤が発見されたので、右捜索に赴いた警察官において被疑者を右覚せい剤所持の現行犯として逮捕し、次いで、右逮捕に伴う捜索としてさらに右居室内を捜索したところ、室内から大麻が発見されたので、重ねて大麻所持の現行犯として被疑者を逮捕したというのであり、原裁判は、右の二つの逮捕手続にはいずれも適法性に疑問があるとして本件勾留請求を却下したものである。

ところで検察官は、右各逮捕手続には何ら違法な点はないものとし、第一点として、被疑者の身体に対し捜索を行った事実はなく、右覚せい剤は、警察官において被疑者を説得した結果、被疑者自身がその所持していたものを任意に提出したことにより発見されたものであって、捜索差押調書(乙)中の「捜検」なる記載は「説得」の誤記である旨、第二点として仮に被疑者の弁解通りだとしても捜査係官が本件覚せい剤発見に際しなした所為は捜索差押許可状の執行に伴う必要な処分として許される範囲内のものである旨主張する。

しかし、被疑者に後記のような具体的な弁解があり、捜査差押調書(乙)には右弁解に符合する如く被疑者の身体を「捜検」した旨明確に記載されているのであって、本件覚せい剤発見経過の根幹に係わる右記載を単なる誤記として済ますことは到底できないところであるといわなければならない。(なお、本件勾留請求後に追加資料として検察官から提出された右逮捕ないし捜索にあたった警察官の供述調書には、検察官の前記第一点の主張に沿う記載があるけれども、右供述調書の作成された時期、目的並びに前記捜索差押調書中の「捜検」なる記載に照らしにわかにこれを信用し難い。)

従って、現段階においては被疑者の弁解通りの形で本件覚せい剤が発見されるに至ったと認めざるを得ないところ、捜査係官がなした所為は、被疑者着用のエプロンの紐をほどき、トレーナーを脱がせたうえ、自発的に脱がなければ強制してでも脱がせるとの趣旨を告げて被疑者自身をしてズボンと下着(ブラジャー)を脱がせたというものであって、仮に被疑者居室を捜索場所とする捜索差押許可状の執行をする際に、その場に居合せた被疑者の態度、着衣の態様等に照らしてその身体に対する捜索が、許される場合があるとしても、その所為は明らかにその範囲を超えたものと解するのが相当である。

従って、本件覚せい剤所持の現行犯逮捕手続には、違法の疑いがあり、右逮捕手続が適法になされたことを前提とするその後の捜索手続並びに大麻所持の現行犯逮捕手続にも違法の疑いがあるといわなければならない。

よって、これと同趣旨の下に本件勾留請求を却下した原裁判は相当であり、本件準抗告の申立は理由がない。

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